学 長 挨 拶
学長 中野 潤三
鈴鹿国際大学は平成6年、1994年に開学をいたしました。当時は、日本社会の「国際化」ということが盛んに取りざたされていたように思いますが、現在ではあまり「国際化」という言葉は聞かれないようです。それは、地域社会と世界が直接結びつくいわゆる「国際化」は、もはや言うまでもないことであるということでありましょう。しかしながら、人やモノ、情報が世界を駆け巡るグローバリゼーションの時代となりましたが、果たして、我々一人一人の内面はそのグローバリゼーションの時代に相応したものとなっているのでしょうか。
約250年前、この鈴鹿の地に大黒屋光太夫という国際人の先駆けと言うべき偉人が生まれています。江戸時代中頃から後半、伊勢若松の船頭であった光太夫は江戸へ向かう船が難破して北太平洋の小島に漂着した後、辛酸をなめながら大陸に渡り、シベリアを経由してロシアの都サンクトペテルブルグに上りました。飛行機はもちろん、鉄道もなかった時代にシベリアを横断する手段は冬季にそりで移動することでした。長大なユーラシア大陸を冬にそりで何千キロも走破することは文字通り命がけの試みでした。光太夫はサンクトペテルブルグでエカテリーナ女帝に謁見し、日本への帰国を願い出て許され、10年ぶりに帰国を果たし、この伊勢の若松にも帰郷をすることが出来ました。
光太夫の真に偉大なところは、単に冒険旅行をしたということではなく、ロシア語を身につけ、ロシアの文化を観察・考察して詳細な記録を残して日本に持ち帰り、日本における西洋社会の研究に貢献したということにあります。
本学は、日本における「国際人」の先駆けともいうべき大黒屋光太夫を輩出したこの鈴鹿に立地することを誇りとし、光太夫に劣らぬ国際人、国際化の時代を逞しく生き抜く知力と行動力を備えた人材の養成を目ざしています。そのために必要な授業・教員・機会・制度を豊富に揃え、学生の目線に合わせたきめ細かな指導を実践していることが本学の特徴です。
最近、少し気がかりな情報があります。それは、海外に留学する日本人の若者の数が減っているということです。海外での事件・事故には十分に気をつけなければなりませんが、もはや光太夫の時代のように海外渡航が命がけであるという時代ではありません。留学をするかしないかは、一人一人の意志の問題です。この点で本学には、SOPという海外研修支援制度があります。本学の一般学生はキャンパスの中で留学生と交流するとともに、この制度を利用して積極的に海外に出かけることができます。海外での滞在経験はその人の視野を広げて必ずや人生を豊かなものにします。本学は海外体験の意欲を持つ学生を全教職員あげてサポートします。
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